研究課題:


福島第一原子力発電所事故での放射性物質の大気放出と大気輸送の解析と評価
 2011年3月の福島第一原子力発電所事故でいつ何が起きたのか、周辺への影響はどのように広がっていったのか。そのより正確・詳細な把握が、次の安全向上に結びつく課題の発見・教訓の抽出の最も基礎となります。事故により大気放出された放射性物質の大気輸送過程、地表への沈着過程を、事故後のさまざまな環境モニタリング(観測・監視)の結果を元に、研究室のこれまでの研究成果とノウハウを活用し、つまびらかにする研究を進めています。

1.放射性物質の大気輸送の経時変化の解明


 様々な研究グループが事故発生時の気象観測、環境中の放射線・放射能のモニタリングで得られたデータを元に、緊急時環境線量情報予測システム(SPEEDI, スピーディ)に代表される大気輸送計算モデルを使用して、放出された放射性物質がどう流れていったのかの再現を研究しています。当研究室もこの研究に参画しています。
 事故当時に大気中に存在した放射性物質による外部被曝、これらを吸入したことによる内部被曝の線量は、環境モニタリングが行われた地点・時刻でしか直接の測定結果がありません。事故の影響を受けた地域内の様々な地点での線量を評価するためには、地域内での空気中放射性物質濃度の分布と時間変動を推定し、住民個々人の行動と照合する必要があります。この推定にも大気輸送数値計算結果が用いられます。

1F事故大気輸送経路解析
図1 福島第一原子力発電所事故時の放射性物質の輸送経路の推定結果(朝日新聞2011年8月11日全国版に掲載された図の原図より再構成)。
(上)3月15日頃に放出された放射性物質の拡散状況(矢印)と沈着範囲(曲線で囲んだ領域)。各時間帯に放出された放射性物質の概略の移流経路と沈着範囲をそれぞれ矢印と破線で示した。カラー分布図は3月12日から16日正午までのセシウム137積算沈着量のシミュレーション結果。放出率としてChino et al. (2011)の結果に修正を加えたものを使用。
(下)3月23日までに放出された放射性物質の拡散状況(矢印)と沈着範囲(曲線で囲んだ領域)。その他は(上)と同じ。但し、カラー分布図は3月12日から22日正午までのセシウム137積算沈着量のシミュレーション結果。 
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2.放射性物質の放出率の時間変動の推定


 事故によりいつ、どれだけ、どの放射性物質が放出されたのか。この情報は事故の進展や被曝線量の評価など、あらゆる解析の基本となる重要な情報です。国による公表値だけでなく、異なるデータ、異なる手法で推定、検証することで、事故で何が起きていたのかの推定がより確度を増すことができます。当研究室では、新たに明らかになった環境データから放出率推定値の精度を高める研究を進めています。
放出率推定
図2 福島第一原子力発電所事故によるセシウム137とヨウ素131の放出率推定結果。当研究グループによる独自推定値(点)は関東地方での大気中濃度と関東、東北地方での降下量の観測値から推定。日本原子力研究開発機構(JAEA)のグループによる推定結果(線)は主に福島県、茨城県での大気中濃度と線量率から推定された(Chino et al. 2011)。JAEAの推定結果は国の公表値の根拠となったもの。

3.放射性物質の沈着過程の解明


 大気中の放射性物質が湿性沈着(降雨・降雪)、乾性沈着(空気中から地表の物体への直接の付着・吸収)を起こして地表の線量率分布・放射性物質濃度分布(リンク先:原子力規制委員会放射線モニタリング情報)が形成されます。逆に沈着しなかった放射性物質は更に風下へ遠方へと運ばれます。これら沈着過程は時間・空間で複雑に動するさまざまな過程と条件に支配され、詳細で定量的な再現は非常に困難です。この沈着過程評価の不確かさを減らす研究を行っています。


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